日々のルーチンワーク
年齢を重ねるほど、時間の流れが早く感じるようになりました。一説によると、日々の刺激が少なさと時間の流れは比例するそうです。この春から幼稚園に通う息子を見ていると、本当に毎日が刺激に満ち溢れていて、楽しそうに過ごしています。スーパーへの買い物や散歩、帰ってきての手洗いやご飯を食べることに対しても、本人にとっては何かしら初めての体験がたくさんあるんでしょうね。羨ましいです。僕も子どもの頃はそうだったのだと思うのですが、今はそれらのことがすべてルーチンになってしまって、刺激を感じられなくなり、今に至るという感じでしょうか。
「ルーチンだから刺激が少ない」というより、「ルーチンは頭を使わなくていいから刺激が少ない」のでしょうね。そう考えると、頭を使わない機会が多くなった、と言い換えることもできそうです。楽なんですけどね、頭を使わないと。ただ、ボーッとしているだけが一番リラックスできたりするのもそれなのかもしれません。
日々の生活を思い返すと、歯の磨き順、お風呂での体の洗い方、靴をどちらの足から履くかなど、ほとんどのことにおいて、毎日同じようなことをしているように思います。なので「毎日のルーチン作業を少しだけ変える」ことがいいのかもしれません。いつもは前歯から磨くけど今日は奥歯から、靴はいつも右足からはくけど今日は左からなど、少し頭を使うだけでも、今よりは充実感を得られるように思います。
時間の流れが早く感じることが悪いことなのかはわからないけど、昔に比べると刺激を感じられていない日々なのは確か。会社や人間関係などの周りの問題ではなく、自分の問題なんですが。
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