間抜けの構造

間抜けの構造 (新潮新書)

見渡せば世の中、間抜けな奴ばかり。どいつもこいつも、間が悪いったらありゃしない。“間”というものは厄介で、その正体は見えにくいし、コントロールするのも難しい。けれど、それを制した奴だけが、それぞれの世界で成功することができるんだよ―。

冒頭にもある通り「“間”とはなんぞや」ということが書かれている。“間”を自由自在にコントロールできれば、芝居でもスポーツでも芸術でも討論でも、何でも自分自身が思うようにコントロールできるようになる。それができる人こそが成功するのであると。もっとわかりやすく言うと「空気を読むことができるかどうか」になるのかな。

ただ、“間”を自由自在にコントロールするのは至難の業で、教えてすぐにできるようになるものでもないし、教えづらいことでもある。また、教えてすぐにできる人間もいれば、どうやったってできない人間もいる。そこが「才能」ということなのかもしれない。実力というよりも、人間性の部分が大きいような気がする。

また“間”には時代性もあり、今の時代に生まれたからこそ成功したり、その逆もしかり。亡くなってから評価された芸術家なんてザラにいる。時代性の“間”は、基本的に「運」としか言い様がないのだけれど。

一引き、二運、三力。個人的に大好きな言葉でもあり、改めてこれからも大事にしなければならない言葉であると、再認識させられた書籍でした。

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