“インハウスデザイナー”は蔑称か
前々から気にはなっていたのですが、ようやく読了しました。
本書はタイトルからもわかるように、企業内で活動するインハウスデザイナーに対して、デザインジャーナリストの山本雅也氏が独自の視点で期待を込めた批評を行う内容となっています。前半は筆者自身のことが綴られており、40歳を過ぎてアメリカ留学した話やデザインジャーナリストを辞めようと思った話、うつ病を発症した話などが書かれています。
「現実」とは抵抗するものではなく、うまく利用する方が圧倒的に便利だ。
この考えにはとても共感します。今の日本は組織社会。それはこれからも大きく変わることはないように思います。そういった状況の中で、ウチの会社は組織的にダメだとボヤいて組織社会を覆そうと思っても、それは日本を変えることに等しいような行為にも思えます。その実行には大変な労力と苦労が必要になるのは目に見えているので、それであれば現実を受け入れ、その中でいかに自分の存在価値を見出すか、という方向で考えたほうがはるかに効率的だし、建設的でもあります。
デザインとは人間を幸福にすること
デザインという言葉の定義はデザイナーなら必ず個々にあると思うのですが、根底にあるのは「人間を幸福にすること」だと思います。ただ、それはデザインに限らず、医者や弁護士・ラーメン屋の店主まで、すべての労働の根底にも言えることだと思います。なので実際の行動に落としこむためには「人間を幸福にすること」からもう少しだけ自分の中で昇華して、より噛み砕いた表現に落としこむ必要があるのかもしれません。デザイナーは一般的にはモノをつくる行為を伴うので、主観と客観を行ききする必要があるので、どうしても「人間を幸福にする」といった客観的な視点が不足しがちになるため、「人間を幸福にすること」は最低限、意識すべきことだと思います。
デザイン作業の7〜8割は説得作業
これも共感できます。ただこれも、ソリューション型の受注産業であれば、基本的には説得作業がメインの仕事になるのかなと。インハウスデザイナーでも社内での説得作業もあるかと思いますが、それほど大きな責任を追うことはあまりないように感じます。責任の重さが社会的地位と深く関係があることは明白で、インハウスデザイナーの社会的地位向上を目指すのであれば、それだけの「責任を背負うこと」でしょうか。それ以外に地位向上は難しいのではと感じました。
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